春眠、暁を覚えず。
昔の人は上手いコト言ったものだなあと思う。
ただでさえ最近は疲れるコト続きだし、たまの休みくらいはゆっくりと寝ていいだろう……

そんな風に思っていた。
思っていたかったし、実行したかった。

予定が崩れたのは数秒前。
ばたん、という小さな物音が聞こえたのが最初。
続いて、どたどた、という誰かが近付いてくるような物音。
そして間を置かず、ばたん、という大きな物音が響く。
同時に、

ぞくり、と。
例えようの無い悪寒が、背筋を駆け抜けた。

次の瞬間に聞こえるは、床を蹴る音。
「っ!?」
ヤバい。
このままだと死ぬ。
つーかデスる。
そう判断し、とっさにベッドの上で身体を動かした。
直後、

どすり、と。
例えたくもない鈍い音が、背後で聞こえた。

ついでに、
「……ちぇ」
そんな可愛らしい不満気な声も。
「もうちょっとで当てられたのになー」
「……犯罪者にでもなりたかったのかお前は」
あくまでも寝たまま――起きたら負けになるような気がして――ゆっくりと振り返る。
視界に広がるはずのものは、無機質な白い壁。
それを遮るように目の前に広がる、赤い髪。
見下ろす、赤く優しい瞳。
……我が家で絶賛居候中の、女の子の姿。
「おはよ、由来」
「ああ、おはようクリス。そんでおやすみ」
挨拶を返しつつ、頭から布団をかぶり直した。
再び訪れる黒い視界。
が、
「ダメだってば!」
すぐに外から強い力で布団を引っ張られてしまう。
黒から白へ、一瞬にして反転する世界。
「……何がダメなんだよ。今日は休みだろ?」
「一緒に行くのっ!」
「どこへ?」
「お花見!」
「あー、そっか。1人で行ってこい」
割と毎度のことで、この手の襲撃にも――好む好まざるに関係なく――慣れてしまった。
だから不意打ちでもなければ、簡単にかわせるはず。
……だった、のだが。

どしん、と。
割と大きめな衝撃が、身体を襲った。

「!?」
ピンポイントならともかく、腹部一帯に痛みがある。
驚いて上を見ると、
「なっ……」
布団越しにクリスが乗っかっていた。
腰の辺りで俺の身体をまたぐカタチ……要するに馬乗りで。
「あーあ、残念だなぁ」
満面の笑みを浮かべつつ、クリスは呟く。
「ホントはこういうのしたくなかったんだけどね……」
「嘘つけ、顔と台詞が真逆だろってか何の真似だこれは!?」
「あれ、そんな風に口答えしていいの?」
言いながら、クリスは手にしていた小太刀ほどの棒を逆手に持ち替える。
そして、俺の胸元から50センチくらい離れたところでそれを静止させた。
「残念だなー、あと3つ数えたらこれが落ちちゃうかも。……腕ごと」
「!」

腕ごと。
それは。
つまり。
勢いよく腕を振り下ろす、ってコトでしょーか……?

「んの……っ」
動けない。
両手を両膝でロックされ、腰はクリスが乗っかってるから動かせない。
いやまあ下の方は動かそうと思えば動かせるんだけどそれは色々な意味であらぬ誤解を生みそうだしできればしたくないからどうしようってことになるんだけどああもうどうしたらいいんだろうねこの状況……!



ふと。
悟った。

「さーん……」
ダメだ。

「にーぃ……」
こいつは。

「いーち……」
手加減する気なんて微塵も無い、の、です、ね。



「ぜー……」
「わかった!」
「ろっ!!」
言うのが遅かったのか。
それとも、クリスの判断が早かったのか。
無常にも、クリスの右手は勢いよく振り下ろされ……
「っ!!」
反射的に目を閉じる。
が、
「……ぉ?」
痛くない。
軽い感触はあったものの、棒が胸骨を砕くような鈍痛は無かった。
威力が強すぎて痛みを感じ取れなかったか、あるいは……
「えーと……」
ゆっくりと目を開ける。
見えたのは、
「……はい?」
左手で棒を宙に支えたまま、右手を俺の胸に押し当てるクリスの姿。
「冗談よ。本気でやると思った?」
「冗談で殺されてたまるかっ! 一歩間違えたら死ぬぞアレは!?」
「大丈夫だって。人ってさ、簡単に死ぬほど脆くないんでしょ?」
……ダメだ。
1ミリも会話がかみ合う気がしない。
「……あー、わかったわかった。着替えを見たくなかったら出てけ」
「私は別にいいけど?」
「……デテッテクダサイオネガイシマス」
「んー、しょうがないなぁ」
もう大丈夫と踏んだのか、クリスは素直に俺の上から降りて部屋から出て行った。





「……はぁ」
しんと静まり返った部屋で、1人溜め息をついてみる。
何だろう。
起きぬけから無意味に神経をすり減らした気がしてならない。
それに――不本意ではあるが――今ので完全に目が覚めてしまった。
もう一度ベッドに寝転がっても、簡単に寝られるかどうか。
寝たとしても襲撃第2弾があるだろうし、もう起きるしかない。
タンスから着替えを引っ張り出し、ベッドに放り投げた。
(……花見、か。もうそんな季節なんだな)
前の方が平和だったかもなー……とか、去年の夏にクリスが家に来てから度々思ったりする。
実際、何も無い安穏な日々という意味ではそうなのだろう。
だが、クリスが家に来た去年の夏からトータルで考えると違う。
まず、話し相手は増えた。
そして、クリスに関わる多くの人とつながりを持てた。
何より、今を実感できるようになっている。

それなら。
俺は……

脳裏をよぎるは、1つの確信。
「……ったく」
気付いていた。
けれど、それを認めたくなくて。
気付かないフリをしていただけで、本当はずっと前に。


結局……俺は、この日々を楽しいと思ってしまっている。


こっそりとネタ増量キャンペーン中です。

以下、ちょっとした余談。
さりげなく仕込んでおいた小ネタ(情報?)に誰も触れていなかったので、軽くしてやったり……という感覚だったのは、ここだけの話でお願いします。


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